7月31日
私の実母が死去いたしましたことをご報告します
それで帰省していたんです
長文だし、わたし用の備忘録なので、読まなくて大丈夫です
不謹慎な事も書くかもしれないので、そっとページを閉じてください
2026年7月31日(金)、仕事中の13:50
スマホに入電
表記は『おかん』
あれ?こんな時間に母親から電話なんて珍しいな
いよいよ親父が倒れたか?
電話に出ると、電話してきたのは2つ上の姉からでした
あ、家族構成を先に
父、母、長女(4つ上の姉)、次女(2つ上の姉)
じいちゃん、ばあちゃんは他界
母と父にしか私の携帯番号を教えていないので、母の携帯を使って私に電話してきた次女
「お母さんが血を吐いたんだ・・・」
なに?母親の方?
入院?危ないの?飛んで帰るのか?
一瞬で色々と頭をよぎった
「で、死んじゃった」
は!?
どういうこと?
救急車を呼んだが間に合わず、そのまま逝ってしまったとのこと
え?死んじゃったの?
親父より健康だと思っていた母ちゃんが?
親父より先に??
え???
まあ、じゃあとりあえず帰省するわ・・・と電話を切った
さて、なにするの?
葬式なんてそうそう経験がないので、何をしていいか分かりません
とりあえず、家族と上司に報告かな?
奥さんや子供、義理の父と会社の上司に報告を入れる
すぐ帰りなさい
そんな指示を受けた
えっと・・・
すぐ帰るものなの?
もう死んじゃったし、すぐ帰っても生き返らないし・・・
それよりも、数日休みなので仕事の段取りとか、ホテルの予約などが気がかりだった
薄情なのかしら?
これは、これからの数日、常に自問してしまう問いであった
ま、帰って良いんだからとりあえず帰宅しよう
喪服用意して、宿の手配して・・・
何日予約すればいいんだろ?
あ、俺って長男だから喪主?
喪主は親父?
喪主なんて愛知に居るのに出来るものなの?
飛んで帰る?
私の家族はいつ行くの?
分からないことだらけ
困った時はちゃぴ(AI)に聞く
最近の私の手段
今回はちゃぴに色々と力になってもらった
ただ迎合もウソもつくので、多少心配はあり
急いでも仕方ないよね?
―――うん、そうだね
とか答えやがるw
結局31日は、長期の帰省の準備、痩せてブカブカになった喪服の新調
行けなくなった花火大会のチケット譲渡など行った
奥さんも仕事から飛んで帰って来て、自分や息子の用意でバタバタ
新調した喪服
丈のお直しは間に合わない、でもバタバタの奥さんに頼めない
自分でまつり縫いしていました(やればなんとかなる)
家族にもこうやって気を使っているんだよ、私は
誰も褒めてくれない・・・
1日午前
奥さんと息子を置いて一足早く茨城県鹿嶋市へ帰る
車で400㎞
荷室には家族の喪服なども積んで走る
午後2時ごろ到着かな?
遅いのか早いのかもわからない
喪主は長女の旦那さん(義兄)が務めてくれることとなった
喪主じゃないなら、なおさら急ぐ必要あるのかな?
やっぱり薄情な事を思う私
死んじゃっているんだよ
急いで会いたいって気持ちはないよね
帰省の道中で、告別式(神式なので正確には葬場祭)は4日の午前
お通夜は無しの家族葬に決まったと連絡を受けた
そんなに後なの?
3日に帰れば間に合うの?
まだこんな事を考えていた
4日が告別式だが、夏場の状況を鑑みて1日の午後には納棺されて葬儀場まで運ばれていくことも知った
家でお別れをするなら、早めに戻ってこいとのこと
家でって言われても・・・
実家は数年前に引っ越しをした
引っ越しをしてから、私は1度も帰省していない
引っ越し先の家は何の思い入れもない・・・
14時
年賀状で貰っていた住所をナビに入れて走る
土地勘はあったけど、細かい場所が分からず姉に手引きされながらなんとか到着
知らない家なので【久々の我が家】感は全くない!!
へぇ~って感じ
※後年自分が読む用なので、正直に書くよ
死んだ母ちゃんに会った
既に棺の中に入っていた
15年ぶりである
しかも死んでいる母ちゃん
面影はよく分からない
でも、顔を見て少しウルッときた
これはなに涙と言うのだろう?
冷静な自分もいた
葬儀屋の人に、棺を開けますか?と聞かれた
いや、大丈夫です・・・ 答えた俺がいた
触れるのが正解なの?
大きく泣き崩れるのが正解なの?
いつもどこかで第三者の私が疑問を投げかけていた
喪主を務めてくれる義兄にお礼を言う
姉の手足となり動いてくれている姪にもお礼を言う
姪も30歳だって・・・ すごっ!って思いながらw
久々に会った父は予想以上におじいちゃんだった
こんなに小さかったっけ?ってくらいおじいちゃん
よぼよぼとなった父
亭主関白で、我が家の王であった父親の姿はなかった
落ち込んでいるからか、更に小さく見えた
姉もかなり老けたね
次女は母かと思うほど、母そっくりになっていた
私と次女は仲良し(連絡先知らなかったけどw)
長女と私は犬猿の仲
長女はすぐに飛んで帰ってこない私を「当事者意識がない!」と憤慨していた様だ
だったら急いで帰れって言って来いよと思った
姉二人の目は泣き明かした様子でぼってり腫れていた
私は泣かなかった
たぶん泣けと言われれば、子供の頃の思い出を蘇らせ、気持ちを作って泣けただろう
でも、そうまでするのはなんか違う気がして泣かなかった
今居るところは見ず知らずの家なのである
ここに母が座ってたとか、思い出せる要素が一切ない
あ、この茶箪笥は前の家の物だね・・・くらい
それよりも喪主もやらず、何を話してよいやらわからず、家族と言えど久々に会って緊張している私
一刻も早くこの場から立ち去りたいくらいだった
長女家族は、打ち合わせを終えそそくさと自分の家に帰って行った
一つ障害が減ったw
次女はこの実家で父母と共に生活している
旦那とは死別、子供なし
実質、父母の面倒を見てくれている
改めて次女(以後:チー姉)にお礼を言う
私が行っているのは、この家の家賃分を仕送りしているだけ
なんか帰省してなくてごめん!と謝りも入れておいた
帰省せずに約15年
まさかこんなに急に逝くなんて思ってもいないじゃん
ちょっと体調が悪い→入院→お見舞い→危篤→駆け付ける→ご臨終です
こんな流れだと勝手に思っていた
危篤からの、親の死に目に会える距離かな?どうかな?と考えることはあった
まさかそれ以上の早さだとは・・・
親父は色々と持病を持ってる
対して、母は元気で医者なんて行かなくても平気と豪語する肝っ玉母ちゃんだった
死んだ日も、いつものように庭の草むしりをした後に、涼しい廊下で寛いでいるなと父は思ったらしい
だがよく見ると吐血をしてたんだって
爺さんになった父は対応出来ないので、仕事中のチー姉に連絡して救急車の手配を頼んだが、既に間に合わなかったらしい
「お父さんが死んだら私は好きな事をやる!」
が、亭主関白の父に連れ添った母の口癖だった
順番が違うね~
と親父に言うも、親父も認めてるくらい順番が違って急すぎた
あんまり怒り以外の感情を見たことがない親父
この日は凹んでいるのがよく分かった
親父や姉と話しているうちに、いつの間にか昔の様に寛いでいた
家族だもん、緊張する必要はなかったよね
緊張が解けると、母の死に実感がわいた
色々思うことが出てきた
私のこの痩せた姿を見せてビックリさせてやれば良かったなと
まあ、写真付き年賀状で、痩せたのは知っていたのだけどね
でも、帽子で隠しているから、親父と同じように剥げていることは知るまい
うふふふ・・・なんて思ってみたりw
そっか~、死んじゃったか
既に納棺され斎場に向かってしまったけど、触れなかったことを後悔し始めた
告別式の時に触ろうと決めた
夕方、涼しくなったら墓掃除に行くとチー姉は言う
鹿嶋は物凄く涼しい場所
この週は全国的にも気温は下がったけど、更に涼しい土地
愛知で40℃あっても、鹿嶋は30℃くらいしかない
既に涼しいから、墓掃除行ってくる!と実家を出た
お墓の場所もうろ覚え
近くまで行くも、チー姉に場所を聞いて辿り着いた
先祖の霊に叱られても仕方がないレベルでごめんなさい
墓掃除を終えたら、そのままホテルへ
お隣の神栖市のホテルに自分だけ先行して2泊
実家から20分くらいの距離
チェックインしたけど、特にやることはない
地元の友人たちとは既に疎遠で、今更連絡を取り合う仲でもない
ホテル1階の居酒屋に行くことも考えたが、少食になり腹が減っていなかったので止めた
ショックで食欲が無いと言うわけではない、ただの少食
ダラダラと持ち込んだタブレットで動画を見て過ごす
相変わらず、母の死(悲しみ)に実感がわかない
思い出して悲しまないように無意識に避けているのかな?
そんなことまで考えてた
小腹は空いた
やはり腹は減るようだ
食べに出るほどでもなかったので、ホテルから歩いてすぐの地元スーパーに行った
見切り品のカツオの刺身398円や酒を購入
ややや、見切り品のくせに鮮度抜群なカツオ
これぞ、鹿嶋の魚
母はよくカツオ1本買ってきて、捌いて晩飯のおかずにしてくれた
料理が得意な母ちゃんだったな
親父が家では何もしない人だったので、母ちゃんが何でもやっていた
末っ子長男の私は、近くで常に母親を見ていた
意外とマメなのは母親似なのだろう
美味い肴と酒を飲んで寝た
8月2日
早朝5時半に目覚める
この日の予定は何も無し
車で15分の海水浴場へ日の出を見に行く
到着時はガスが濃くて何も見えなかったが、次第にガスも消えて見事な日の出
海かぁ
小さい頃は家族で行った気もするけど、小学校3年くらいからは家族で出かけた記憶はほぼ無い
美容室を営む母に、土日の休みなど無いのだ
父も釣りだゴルフだと自分の遊びしか考えない人だったし
これは、今の自分と一緒なので文句は言えないw
昼
昨晩カツオを買ったスーパーで、刺身・寿司を買って実家を再訪
知らなかった実家にもう慣れた
あんなに怖かった親父にも、自分の爺ちゃんと同じような接し方をしていて自分で驚いたw
カツオや寿司を前に「一杯やるべぇ、ビール持ってこいや」
昔の親父なら、必ずそう言っていただろう
お茶を飲みながら寿司や刺身を食ってる親父に再び驚いたw
なんだかなぁ・・・
やっぱり、かなりの時間帰省しなくて、ごめんと言う気持ちがいっそう強くなった
これからは、もう少し頻度を上げて帰省します
なんて、心の中で誓ってみた
守れるかな?
夕方ホテルに戻り、ゴロゴロして1日が終わった
これで忌引休暇でいいのかしら?不安になったw
8月3日
愛知から奥さんと次男が、東京にいる長男と合流して鹿嶋に来る
高速バスに乗って、到着が12時予定
うむ、時間があるな
よし行こう!
と言うわけで、鹿嶋から40㎞
約1時間かけて百里基地で基地活
※こんな時に!と苦情は無視しまーす
遊びで帰ったわけじゃないのよ
今後、帰省するのに百里基地を絡めれば帰りやすいかな?と偵察任務なのです!!!
と、言う事にしようねw
大丈夫、大丈夫
流石に機材は持って来ていないからね
双眼鏡すらないんだから
それにこの日は結果ハズレ
その模様は気が向いたら記事にします
見応えもないまま、1時間かけて鹿嶋に戻る
我が家族と合流
長男でさえ、お祖母ちゃん(母)の事はうろ覚え
次男は記憶にないだろう
親にもそうだけど、子供たちにも悪い事したと思っている
特に用事無いからって帰省しなかったけど、顔を見せるのが用事なんだよね
今更ながら反省する
実家に連れて行く
最初はみんな緊張気味だった
間に入る私は、こういう雰囲気も好きじゃない
どうしても場を成立させたがる性格なの
全部身内なのにね
ほどなくして、みんな緊張は解けた様だった
長男は親父と麻雀の話で盛り上がってた
良き(^^)
これを母ちゃんにも・・・
後悔はどんどん出てくる
でも泣くほどでもない
母ちゃんが本当に望んでいたかは知らんし
と、ドライな男もまだ居るのであった
親父がもうやらないからと自分が使っていた釣り道具を渡してきた
私も今は釣りをやらなくなったし、年代物のその釣り道具は正直言うと要らない物だった
黙って貰って来た
私の釣り道具と一緒に飾ることにする
これも親孝行だなと思ってみる
家族を連れてホテルにチェックイン、外食で海鮮を食べ、卓球を楽しんで寝た
久々の家族4人での外食、男三人での大浴場、家族みんなで卓球
なんなんだこれは、プチ旅行だな
母ちゃんのおかげかな
8月4日 告別式(葬場祭)
うちの家系は神式の葬儀、葬場祭で執り行われる
神職さんが来て祭詞を奏上して、我々は玉串を捧げる葬式
鹿嶋神宮が近いからかな?
私もよく分かっていないので、告別式として書いていく
家族を連れて少しだけ早く葬儀場に到着
姉たちはまだ
家族葬なので、親戚しかいないはずだけど・・・
誰だかわからない人が多数
お爺ちゃんの葬式の時は「あれ誰?」って母に聞けば教えてくれた
その母が今日は主役になっちまった
小さい頃はオムツ換えたんだぞとか言われても困るので、よく分からない人には近づかないようにしていたw
もっとも、15年以上ぶりの痩せてしまった私も向こうは認識できなかったみたい
故人に近い参列席に座っている私を見て、やっと気づいたと後で言われた
それにしても・・・
あの伯父ちゃんも、あの叔母ちゃんもいつの間にか亡くなっていたのも後で知る
いや、連絡してくれよ母ちゃん!
自分が連絡をしていないのに、母のせいにしちゃうw
と、そんな軽口を言っている余裕は告別式が始まると全くなくなった
祭壇に飾られた母の遺影
俺の知っている笑っている母ちゃんの写真だった
泣けてきた
しっかり泣けた
あ!?なんの涙?
それも考えた
考えても仕方がなく、涙が止まらない
なんだなんだ?
御低頭ください
下を向くと鼻水が・・・
ハンカチが涙と鼻水まみれ
神官による祭詞奏上
母の生い立ちや人柄が読み上げられた
母の人生の中に私が登場する
3人兄弟の末っ子、唯一の男の子
甘やかされて育って、ぶくぶく太った私
孫も出来る
孫は3人
そのうち2人は我が子だったね
あまり顔を見せに帰らなくて、改めてゴメン
まだまだ涙は止まらなかった
棺を閉じる前のお別れの儀
棺の中に花を入れていく
母ちゃんに触れた
納棺された時は、何となく触れるのを躊躇ったけど、触りたかった
貧乏だった我が家
母と子供たちは一つの部屋で川の字で寝てた
私はずっと母の隣で一緒に寝てた
棺の中で寝ている母
もう2度と触れなくなるんだ
85歳で逝った母
生きている85歳の母を触りたいとは思わないよなw
死んじゃってから触りたい
触っておきたいって、なんなのだろう?
死ってよく分かんない
棺の中に愛用していたメビウス・ライトを1箱入れる
前日には1カートン買って入れてやろうかと姉と軽口を叩いてた
吸い過ぎは健康に良くないので1箱にしておくよw
母が吸っていたせいで、私も喫煙者になったと思う
当時吸っていたのが、マイルドセブン
13歳でそのマイルドセブンを盗んで吸ったのが、私の喫煙のきっかけ
家に無ければ・・・
なんて責任転嫁も甚だしいですかw
そして火葬へ
棺が火葬炉の中へ送られていく
参列者は休憩室に戻っていったが、私だけ少し残った
「母ちゃん・・・」
誰も居ないのを確認して、声を出して呼んだ
久しぶりに音にして呼んだ
こうやって呼ぶのも何年ぶりだろう?
思春期には『おふくろ』と友達の前では言ってた
でも、母ちゃんは、ずっと母ちゃん
家で美容室を経営していたので、ずっと家に居た母ちゃん
それをずっと近くで見ていた末っ子甘えん坊の私
何気に母ちゃんのすることを見ていたので、ひとり暮らしを始めても困ることは全くなかった
家事全般は私の師だったんだな
息子も51歳になりました
ちょっと不良になって、迷惑かけていた子供時代
こんなに立派にとは言わないけど、ここまでしっかりしましたよ
母ちゃんの孫たちも手のかからない年齢まで無事に育てることが出来てますよ
生きているうちにドヤってやれば良かったな
残念だし、ごめんね
突然の死だった
少しくらい最後に言葉をかけさせろよとは思った
よく聞く親の死に目ってやつ
あまりにもあっけなく逝ってしまった
でも長期で痛がったり苦しんだりしていない
結果オーライかな
不謹慎だろうか?
俺の母ちゃんだから、バカ言ってらで許してくれるだろう
そもそも死に目に会いに行っても「お前はこんな時だけ帰ってきて」と愚痴られただろうw
母ちゃんありがとう!
ゆっくりお休みとは言いません
休むのを望んでいるとは思わないもの
あの世でもマメにちょこまか動いていてな
