2026年9月2日

鹿島神宮の大祭、『御船祭(みふねまつり)』が開催されました
※写真はお借りしました
地元だった私は『おふなまつり』と呼んでいたが、まあ好きな方で呼んで
全国的には有名ではないけど、格式はかなり高い祭り
12年に1度、午年にしか行われない大祭
鹿島神宮の『武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)』と香取神宮の『経津主大神(ふつぬしのおおかみ)』が社から出て川でドッキングするというイベント
ドッキングとかイベントって言っちゃうとダメか?w
私の年齢で3歳、15歳、27歳で開催され、その3回はいずれも参加した
まあ、3歳の時は記憶にないけどね
15歳では父の船で御座船(ござぶね)を追いかけた記憶
27歳は地元の若衆として御座船に乗った
ガッツリ当事者として参加したのです
ま、とは言え大祭と言えど、これらは私にとってはオマケの祭り
メインは9月1日と2日に行われる『神幸祭(じんこうさい)』でした

市内を、山車を曳いて練り歩く祭り
祭りをやったことない人から見れば、あんな重いものを曳き回して何が楽しいの?って思うだろう
実際、翌日には筋肉痛でガタガタになってしまうようなことをする
でも、当時の私には祭りが総てでした
正月なんか要らない、正月とは祭りの日のことである
と言い切るほど
未就学児の頃から、祭りが楽しくて仕方がなかった
小学生
9月1日は始業式
祭りに参加する者だけは少しだけ早く帰れた
今でいうドヤ顔をしながら帰ったw
中学生になると、電線上げというポジションも任され
高校生では、曳き回しの動力となるポジションに入る

高校を卒業した年には、若い衆として本格的な祭りに参加した
ポジションが上がれば責任も伴うのだが、それでも楽しかった

祭りが終わりに近づくと、涙が止まらなくなるくらい寂しくなった
それほど祭りが好きだった
なんでだろう?
お酒呑んで、騒いで、疲れて、やり切って、それで一体感も達成感も味わった感じ
祭りの準備期間や片付けも含め、同じ町内のメンバーとやり切ることが楽しかったのだろう
そんな私も23歳で愛知に引っ越してしまった
それでも毎年茨城まで帰って、祭りの準備、祭り当日、片付けもこなした
準備は日曜日、土曜の夜に愛知を発って月曜日の朝には愛知に戻るようなことも多々してた
それだけ夢中だった
こんな事をやった経験があるから、百里基地航空祭の弾丸旅も出来たのだけど
これ、面白いよ(宣伝w)

32歳の時には若衆頭も務めさせてもらった
※太っていて、偉そうにしているのが私(汗)
周りの先輩や後輩の協力で、地元に居なくても出来るようにしてくれた
若衆頭、その後の小惣代を務めて一人前の男になるような土地柄
小惣代も協力してもらい務め上げることが出来た
でも、その後は何となく疎遠になってしまった
祭りで帰らなくなると、実家にも帰らなくなるので、15年以上帰省していない辻褄が合う・・・
あんなに祭りが好きだったのにね
今年の御船祭
私は忘れていたのに、ドラミさんがSNSで流れてたよって教えてくれた
試しにSNSで検索したら、それ以降ずっと鹿島の祭り動画が流れるようになっちゃった
少しだけノスタルジー
と言う事で、回顧録として書いてみた
地元に帰っても受け入れてもらえる自信はない
だけど帰ってみたい気持ちもある
SNSで見た後輩が、髭なんか生やして映ってた
老けたな・・・って自分のことを棚に上げ思った
いつかは帰ろう
そう思った事だけ記録しておこう
とにかく祭りが好きで30年以上生きてきた
あ、だから航空祭に行くのかしら?w
ちなみに、旧鹿島町で行われていた『町民体育祭』
要は各町内が集まった運動会なんだけどね
祭りと名がつくので、我が町内は日本酒を飲みながら参加
各町内対抗なんだけど、もちろん酔っ払いばかりだから成績は悪い
綱引きだけは異常に強かったけどw
それもいい思い出
今の時代じゃ考えられないかな
とにかく祭りが好きな男だった


